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スポーツよもやま話 その0004

オリンピックで実施される競技

次回の2028年ロサンゼルスでは36競技351種目(公開競技・追加種目含む)が実施される予定です。

1984年のロサンゼルスでは21競技221種目が実施されました。

ちなみに1964年の東京では20競技163種目、2020年東京では33競技339種目(公開競技・追加種目含む)です。

昔も今も開催日数は16日~17日と同じくらい(近年はサッカー等が開会式より2日前倒しで開始します)なので運営する大会組織委員会はたいへんなんだろうなあ・・・って私達が心配することでもないんでしょうけど(笑)

種目数の大幅増加

女性の五輪参加が大幅に増加しました。

例を上げると1964東京が選手総数5152人中約13%でしたが1984ロサンゼルスでは6829人中約23%、2020東京では11420人で男女ほぼ同数とまでなりました。

出場する国によってかなりバランスは違うとは思いますが2020の日本選手団では男女比52:48でした。

1984年を例にとると・・・

ウェイトリフティング、柔道、レスリング、ボクシング等が男子のみ実施でした。

不屈の精神

日本はロスで10個の金メダルを獲得します。9名中5名の選手の方(体操の具志堅幸司さんが2個)がモスクワ五輪不参加を経験されてます。

モリスエ」「10点満点」で金メダルを獲得し話題になった森末慎二さんも1980年当時もナショナルチームに所属されていました(序列で20番目くらいだったとのこと)

日本柔道界最強の男

このロス五輪で最も記憶に残っているのは、やはり柔道男子無差別級の山下泰裕さん。

中学時代から「怪童」と呼ばれ高校時代には全日本選手権にも出場し、国際大会でも優勝するなどされましたが高校3年時と大学1年時に1976年モントリオール五輪の国内予選では惜しくも敗退。

大学2年時19歳の時に当時最年少で全日本選手権を制し「怪童」から「怪物」と呼ばれるようになり、この年から凄い記録を打ち立てられます(後述します)

さらに研鑽を積まれモスクワ五輪は念願の代表に選ばれますが、先述のとおり政治的理由により不参加となります。

そして・・・

さらにさらに努力を重ねられ1984年ロスへも代表選出され、3大会目の挑戦で念願の五輪への出場されることとなります。

2回戦で・・・

試合途中に右ふくらはぎに肉離れが起こります。左組みの山下さんは軸足が右になるので試合展開ではかなり不利な状況になるそうです。
それでも勝ちすすみ決勝では見事に一本勝ちを収め悲願の金メダルを獲得されます。

ブザーがなり勝利が決まった瞬間ガッツポーズのあと男泣きされる山下さんは素敵でした。

オリンピックの後

これまでの功績から国民栄誉賞を授与され、翌年1985年の4月の全日本選手権を優勝し9連覇を達成されますが度重なる怪我のこともあり28歳の若さで引退されます。

通算記録が凄い

先述の全日本9連覇ももちろんのことながら、生涯公式戦の成績は559戦528勝16敗15分で勝率はなんと.972

それだけでも凄いのですが1977年の10月の全日本学生選手権で16敗目を喫されたのを最後に上述の日本選手権9連覇まで203連勝という、まさに最強のまま競技生活を終えられます。
さらに対外国籍選手相手には生涯で公式戦で無敗(116勝3引き分け)と、リアル範馬勇次郎(作品上の設定では山下さんと同年代生まれなので)です。失礼があったらすいません!

次回は・・・

同じくモスクワ選出組でロス五輪に出場された当時のマラソン界のエースについて語ります。

今回も稚拙な構成の乱文をお読みいただきありがとうございます。

それでは今話はこれにて失礼いたします。